2004.2


2004.2.22 パトカー
今日は大変な目に遭いました。
というのも、子供達を連れて近くの公園に行った際、ついでに最寄りのコンビニでパンでも買おうと思い、娘に「先にコンビニでパンを買おう。その後で公園に行こう」と提案。
しかし、上の娘(4歳半)は「公園で待ってる!」と言ってきかず、結局「絶対ここから出たらあかんよ。ママが戻って来るまで待っててや」と約束をし、下の息子を連れてコンビニへ。
その間、わずか5分。
買い物を終え、元の公園へ戻ってみると娘の姿はどこにも見当たらず・・・。

公園の裏手には川があり「もしや!?」と川を覗き込んでみるものの、娘が落ちた形跡もなし。
という事は・・・「誘拐!?」
はたまた「拉致!?」 
へたすりゃ北朝鮮にでも拉致され、挙げ句「喜び組」で活躍している我が娘の姿が脳裏をかすめ、1人ただ呆然とするばかり。

呆然としてばかりもいられず、一旦自宅に戻り、自転車に乗り直しての捜索開始。
もちろん息子は、自転車の前イスを陣取り、久々の自転車に大喜び!
って、そんな事どころじゃない〜っ。

その後10分近く周囲至る所を探したものの、娘の姿はなく、「忽然と消える」とはまさにこの事か・・・と、正直頭の中はパニック状態。

結局、警察に連絡。
すぐさま捜索が開始されました。

5分後、自転車にまたがり呆然としている私の目の前に1台のパトカーが。
中にいた若手の警察官2人の表情は硬く、それを見た私は、内心「やっぱりいなかったんだ・・・どうしよう・・・」と更に落ち込む始末。
が、パトカーの後部座席には、平然と真顔で座っている我が娘の姿!

どうやら1キロ先のショッピングセンター前の道路を歩いている所を警備員に発見されたようです。
このショッピングセンターは普段よく行く所。
娘なりに周辺の地理は認識しているらしく、わずか15分足らずの間にトコトコ歩いて行ったようです。

こうして「2/22 09:48 無事身柄確保」となりました。
念の為というか・・・「身柄確保」の書類を書かされた挙げ句、ちゃっかり私の拇印まで押す羽目に。


思えば娘が1歳半の頃、まだ歩き始めた頃・・・考えられない段差に躓き、豆腐の角ならまだしも、机の角で顔を打ち付け、口から大出血した時・・・その時は救急車のお世話になったなぁ。
4歳半の人生の中で、既に「救急車」と「パトカー」を経験した娘。
さぞや将来大物になってくれる事でしょう!?


まぁ本当に無事で良かったです。
改めて、4歳児の「約束」など何らあてにならないという事・・・ホント勉強になりました。

警備員さん、警察官のお兄さん、お世話になりました。


2004.2.19 還暦祝い
2月21日は父の60歳の誕生日。
前もって休みをとり、今日は少し早いお祝いを・・・。
とはいえ、気の利いた事など何も出来ない私。
結局、父お気に入りのお店へランチを食べに行ってきました。
普段はいつもうるさい子供達も一緒。
でも今日は保育所に預け、久々にゆっくり両親と話す事もでき、私的には満足なひとときでした♪

色々あったこの3年間。
「還暦」という意味合いが、私達家族にとっては言葉では言い尽くせないものであり、これからも父には素敵な60代を送って欲しいと思っています。


2004.2.14 「吉野家」騒動から飛躍した今日の日
そうそう、下の日記「巷では・・・」に付随する今回の日記。
吉野家の牛丼が販売休止となり、35歳の男が逮捕されたとかいう事件。
率直なところ、世の中お気楽な人もいるもんだなぁ・・・と。
ま、その人にとっては人生最大のピンチ!だったのかもしれませんが。
とはいえ、35にもなれば、もっと問題視すべき事は、世の中他にも沢山あるだろうに・・・。
ある意味、その男性に同情さえしてしまうような・・・。


でもまぁ、人って年齢ではないですね。。。
これはホントここ最近特に感じます。

以前の私は(もっともっと若い頃)、人の好き嫌いがハッキリしていて、すぐに態度に出てしまっていましたが、ここ数年かなぁ、やっと誰とでも何とか協調性を持てるようになりつつあります。
自分で言うのも何ですが。
とはいえ、元来「瞬間湯沸かし器」的な人間。
心の中では「なんやお前!」とか・・・暴言吐く事は絶えませんが。
でもまぁそれが顔には出なくなりましたね、やっと。

以前の私ときたら、自分の非を認めず、絶えず相手の非ばかりに目がいっていたような気がしますが、最近では、人の良い所や内面を見れるようになってきた・・・そんな感じ。
職場は様々な年齢が集う、ましてや女性が大半の職場。
どうしても日々様々な噂話が耳に入ってしまいます。
中には、あたかも本当にそうであるかのように第三者を批判する人もいたり・・・やっぱりそういう話は聞いていてあまり気持ちの良いものではありません。
以前の私なら、そんな噂話を鵜呑みにし、その人を色眼鏡で見てしまうところもありましたが、今は私自身が直接その人と関わって得たその人の「人物像・人間性」を自分自身の中で大切にしたいと思っています。
人って決して見かけではなく、年齢や性別でもありません。
若くても年齢以上の経験をしてきた人は、やっぱり話していても重みがあるし、真実味があるものです。
その逆に、年齢的には十分に「大人」なはずの人でも、感情的な言動が止まず、周囲の空気を濁す人もいたり・・・。
そんな人とは私はやっぱりどうしても距離を置いてしまうのですが。

今の職場は基本的に本当に人生の大先輩が多く、仕事面もさることながら、プライベートな面においてもざっくばらんに話せる人達も多く、今の私にとって最適な空間でもあります。
勿論、父に関する事は到底私には誰にも相談出来る次元の問題ではなく、その点はどうしても自分自身の中で気持ちをセーブしている私がいるのは確かですが・・・。


日々を楽しく過ごしている事、それが今の私に出来る唯一の父への恩返しなのかなぁ・・・そんな風に思います。


2004.2.14 巷では・・・
巷ではバレンタイン。
あ・・・そんな時期かぁ。
って、今の私にはすっかり無縁だなぁ。。。。
まぁ、元々そういった行事(?)モノには関心のない私だったので、独身時代にも大した思い出はないなぁ。
ましてや既婚者・子持ちの今では、ただの土曜日に過ぎないわけで・・・
何とも虚しい話。
でも聞けば旦那に手作りチョコを上げる人もいたりするようで、それはそれで羨ましい気もします。

私にとって、そんなバレンタインデーよりもっと大切な日・・・。
それは、2月6日。
3年前のこの日、大手術をした父にとっては、この日が「第2の誕生日」でもあります。
この日がなければ今の私達家族は存在しなかったかもしれません。
突然の癌告知から半月目・・・父が一大決心をして挑んだ手術。
そんな父の決断・頑張りがあってこそ、今日という日があるんだなぁ・・・と。
2月6日、そんな父へ花束を贈りました。
ハート型に薔薇の生花をあしらった素敵な物です♪

癌告知以来、身に付ける物や後に残る物・・・父は全く欲する事がなくなりました。
そんな父に少しでも何か楽しみを・・・という思いから、ここ最近は「映画のチケット」や「鑑賞券」など、夫婦で楽しんでもらえるような物を届けたりしています。
でも父はいつも「俺の為に無駄な事にお金を使うなや」が口癖。
まぁ私の自己満足だから・・・許してね、お父さん。

もうすぐ父の60歳の誕生日。
今度はゆっくり食事にでも行きたいなぁ。。。


2004.2.11 インフルエンザ
父は癌になって以来、それまでの無頓着な健康管理がまるでウソかのように、自身の体に気を配るようになりました。
口では「もういつ死んでもいい」「もう思い残す事はない」など、口癖の父ではありますが、その一方で、真面目に病院で処方された薬を時間きっちりに服用し、それまでは全く無関心だった健康食品の数々を決められた量飲んでいる姿、そして何より菜食主義を徹底している父・・・。
そんな父を見るにつけ、父の内心は十分に伺い知る事が出来ます。
もちろん外出先では、年中マスクを欠かす事はなく、そんな父の努力があってこそ、この3年間風邪ひとつひく事なく、家族で1番元気に過ごしてくれています。

癌患者を抱える家族として、この季節、やはり気を付けたいのがインフルエンザ。
私のように日中仕事に出ている場合、嫌でも外部から様々な病原菌を媒介する機会を持ってしまいがちです。
ましてや職場は病院。
健康な人なら何でもないような菌でも、抗ガン剤治療を行なう事で、より一層免疫力が落ちている父にとっては命に直結しかねません。
父自身がインフルエンザワクチンを接種する事は、やはり治療の妨げにもなりかねず、癌患者を抱える家族として、当然患者を取り囲む私達家族が接種し、外部からの菌の進入を食い止め、父の身を守るのは当然の働きかけです。
もちろん私をはじめ、子供達も接種しました。

なのに・・・です。
弟は現在も両親と共に住んでいるのですが、その弟が4日インフルエンザを発症してしまったのです。
美容師をしている弟は、職業柄不特定多数の人達と接する仕事。
早いうちから接種の必要性を伝えてきたにも関わらず、元来の注射嫌いのせいで、結局接種しませんでした。
その結果がこれです・・・。

その事実を知り、弟の病状を気遣うより先に、怒りが込み上げてきた私。
父と同居している意味合いが分かっていないのか・・・。
もう私達家族は以前の家族ではないのです。
別に必要以上に父を病人扱いする必要はないにしても、やはり厳しい病状を抱えている父。
そんな父と1つ屋根の下で過ごす事の意味。
それも告知から3年も経過し、事の重大性が弟にはまだ分かっていないのか・・・そんな残念な気持ちでいっぱいでした。
結局、弟は「タミフル」服用にて翌日には症状は緩和したものの、数日間は自室に隔離状態。
とはいえ、毎度の食事は当然の事ながら、母がマスクをして弟の部屋に運び込み、その間、どれほど精神的に不安であったことか。


同じ家族とはいえ、私と弟、それぞれに考え方のズレがあるのは仕方のない事です。
弟は男であるが故に軽々しく日々の仕事の事や気持ちを口にするタイプではありません。
一方の私といえば・・・やはり根っからの性格が災いして、日々の様々な気持ちをそのままストレートに両親に話しては、かえって心配掛けているのかもしれません。
人それぞれに色んな関わり方・支え方があるのも事実です。
弟も決して父に迷惑を掛けるつもりで今回の事態に至ったわけではなく、弟なりに父の事を思い、悩んでいるのだろうと思います。


弟の発病から1週間が経過。
両親は感染の危機から脱し、元気です。
心底ホッとしています。


癌患者の病状悪化の多くは、癌そのものの進行もさることながら、免疫力低下に伴う何らかの感染による二次的な原因である事が多いものです。
父自身が必死で病と向き合っているにも関わらず、周囲の私達家族がその足を引っ張るような事だけはしてはいけない・・・そんな気持ちで私はこの冬を何とか乗り切ろうと思っています。

このHPをご覧の皆様、どうか無事元気に残りの冬を乗り切りましょう♪
暖かい春の訪れを今か今かと首を長〜くして待っている私です。


2004.2.2 超久々♪
年末年始のご挨拶も全くしないままに月日が流れ、気付けばもう2月突入。
皆様、いかがお過ごしですか?
管理人不在、その上すっかり更新が滞っているHP・・・。
心機一転HP再開したものの、やっぱり3日坊主だなぁ・・・私ってば。

お陰様で父は元気いっぱいです。
その後も全く何の自覚症状もなく、勿論風邪ひとつひかず元気に過ごしてくれています。
むしろ私の方が体調を崩し、先月もしばし1週間程過酷な状況下でのフルタイムに 終日の育児・・・。
一体どっちが患者か分かりません。

父の癌告知から3年が経過。
告知当初は、3年後の私達家族の事など、到底想像さえ出来ずにいました。
下の息子もはや1歳半を迎え、もうすっかり「あんよ」も上達し、最近では片言ながら「ーちゃん」と言えるように。←まだ「じーちゃん」とは言えない。
何とも嬉しい時の流れに日々感謝の気持ちでいっぱいです。
でもこの3年間を振り返ってみれば、毎日が不安と恐怖に怯え、勿論3年経った今でもその気持ちは何ら変わりません。
「完治」していない限り、仮に3年経過していようとも、やはり今後の事を考ると心底不安でいっぱいです。
目の前の父が元気であれば尚更、その不安がいつ現実のものになってしまうのか・・・日々怯えています。


そんな気持ちから逃げるかのように、最近はすっかり「癌」に関する事から遠のいていました。
でもそう簡単にその不安から逃れられるわけもなく、ふと現実に引き戻されてはまた落ち込む毎日・・・。
3年経った今でも、私は何ら成長していません。
未だに不安と恐怖に怯えているのです。

職業柄、仕事中は落ち込んでばかりもいられず、持ち前の明るい自分を演じてはいるものの、その分帰宅後はドッと疲れが出てしまう毎日です。
毎日仕事と育児に追われ、ろくに父と一緒に過ごす時間も持てず・・・「本当にこんな事で良いのだろうか」と反省の日々です。

また続きは今度書こうと思います。