2003.9


2003.9.24 「感謝」といえば・・・
前回の日記「感謝」というタイトルに引き続き、今回も「感謝」にまつわる事を。

このHPを復活してもうすぐ2ヶ月が経とうとしています。
まだまだろくに日記も更新できておらず、未だ自己満足の域から脱していないこのHPですが、掲示板をはじめとして、ここ最近、様々な方からメールを頂く事が多いです。
みなそれぞれに自らの運命と向き合い、不安を抱え、戸惑いながらも必死で乗り越えようとされている力強さが文面から読みとれます。

このHPは一体何の為に運営しているのだろうか・・・。
それは、HP開設後、何度となく自問自答し、その度にHP運営を断念しようかと思ってきました。
大切な父の事を、こんな形で公表する事に抵抗感もあるし・・・。
が、掲示板に書き込みをして下さる皆様の言葉に学ぶ事も多く、私自身、本当に励まされています。
そしてわざわざメールを送って下さった皆様・・・本当にありがとうございます。
なかなか時間的余裕がなく、掲示板のレスはもちろんのこと、メールのお返事も出来ない状態です。
ですが、皆様から頂いたメール、いつもじっくり拝見させて頂いております。
この場を借りて、まずは皆様に「アリガトウ」。

今までにも何度も書いてきましたが、私は父の事については周囲の誰にも言ってはいません。
だからこそ、私にとってこのHPが何よりのオアシスだったりします。

皆様、これからもどうぞ宜しくお願い致します!
ゆっくりマイペースな更新・・・ですが、可能な限り近況報告していきたいと思っています。


2003.9.23 感謝
ここ数日、一気に涼しくなった。
涼しいというより、もはや寒いといった感じ。

子供達は有り難いことに毎日元気に保育所に通ってくれている。
子供を抱えながら働く事は本当に大変。
全ては子供達の体調にかかっているといっても過言ではない。
毎朝元気いっぱいの我が子を保育所に送り出し、日中呼び出される事なく夕方迎えに行ける事・・・こんな事、独身時代にはとても想像のつかなかった事。
一応保育所の規定では、日中37.5度以上の発熱があった場合、容赦なく職場にお迎えの連絡がくる事になっている。
我が家は共働き夫婦であるが、こんな時、きまって仕事を犠牲にするのはいつも私だ。
どうも納得がいかない。
私の職場は、患者数43名に対し、日勤帯は看護師3名、ヘルパー1〜2名体制。
はっきりいってカツカツの状態だ。
こんな時、例え「子供の病気」が理由であろうとも、やはり1人が早退・欠勤する事が、残りのスタッフにどれだけ迷惑をかける事になるか・・・。


結婚してみて分かった事は多い。
全く生育環境の異なる男女が、共に1つ屋根の下で暮らすという現実。
決して幸せな事ばかりではない。
そして子供を持ってみて分かった事・・・それは今の私にとって毎日が勉強である。
大袈裟すぎるかもしれないが、子供を通じて日々多くの事を経験し、我が子のお陰で、私自身、人として・母として、少しずつ成長する機会をもらっている。

今では全てが子供中心となっている毎日。
自分の時間など皆無に等しい。
ここ数年、熟睡感のない日々を送っている。
ゆっくり食事もとれず、いつも立ち食い蕎麦屋のような状態。
トイレに入れば下の息子が「ばぁ〜」とドアを開けに来る。
子供達と一緒に風呂に入れば、慌ただしく2人の子供達を洗い終え、さぁゆっくり湯船に・・・というわけにもいかず、年中烏の行水状態。

言い出したらキリがないが、恐らくこんな日がずーっと続くだろう。

が、そんな毎日に感謝しなければ。
何かの縁あってこんな未熟な私の元に生を受け、こんな私にすり寄ってくる我が子。
私は決して子供好きではないが、やはり我が子は特別な存在。

子煩悩な両親に精一杯の愛情で育てられ、今度は私が2人の子供達にそれを与えていく番。
「育児」はどんな仕事より重く責任のある仕事だが、その機会を得る事ができた事に感謝、感謝。


2003.9.14 季節の変わり目は・・・
ここ最近、息子の夜泣きが復活。
息子(1歳3ヶ月)は喘息持ち。
どうやら季節の変わり目を敏感に察知するらしい。

私は元来健康優良児。
もちろん、今日まで喘息とも無縁の日々を送ってきた。
最近の子供は、何らかのアレルギーを抱えている子供が多いと聞くが、我が子も決して例外ではない。
アトピー性皮膚炎との診断こそ受けていないものの、2人の子供達の肌は敏感で、手足の関節には掻き傷が耐えない。

息子は5月に喘息性の気管支炎を患い、それ以来しばらくの間自宅吸入をしていた。
夏の間は全く治まっていたのだが、やはり季節の変わり目には症状が出始め、夜になると寝ぐずりがひどい。
まだ自らの意思を上手く言葉で表現出来ない息子にとって、泣く事でしか訴えられない。

親として何とかしてやりたい。
泣きじゃくる我が子を見るたび胸が痛む。


2003.9.11 あんよ
今日で1歳3ヶ月目を迎えた息子。
やっとあんよが様になってきた。
とはいえ、まだまだ足取りは不安定。
あっちへフラフラ、こっちへヨロヨロ・・・。
何とも危なっかしい。
が、そんな息子の成長、親として心から幸せに思える瞬間。

父にとっても、また1つ大きな喜びが増えた・・・かなぁ。


2003.9.8 夫婦でありながら・・・
ここ最近、初めての訪問者の方による書き込みが多い。
これはサイト運営者にとって本当に嬉しい事。
「嬉しい」というのは語弊があるが・・・。

とはいえ、いつも掲示板の皆様からの書き込みを拝見させて頂く中で、全国にこんなにも同じ様に「癌」と闘っている人達がいるという事実に驚かされる。
今や癌の罹患率は2人に1人。
こうして統計的に見てみれば決して珍しい病ではないように思える。
が、その当事者にとっては実に重い数字。
まして、少なくとも私の周囲には現在癌と闘っている人はもとより、癌患者の両親を持つ知人・同僚すらいないのは何故なんだろう・・・。
もしかすると意外と近くに同じ様に不安な気持ちで日々を過ごしている「仲間」がいるのかもしれないが・・・。
恐らく、仮にそうだとしても、皆周囲の人にその事を言わないだけなのかもしれない。
私自身、知人・職場の同僚、誰ひとりとして今の現状など公言してはいない。
「癌」と向き合う日々・・・、それは決して一言では言い尽くせない。
まして、それを他人に言ったところで何の埒もあかないのは分かっているし、この事に関して他人からアドバイスをもらおうとも思わない。
それは単に私自身、性格が歪んでいるだけか。

そんな私だから、毎日無意識のうちに、必要以上に片意地張って生きているのかもしれない。
特に職場は病院。
職業柄、癌の怖さや厳しい現実を知っている人達ばかり。
そんな同僚に気付かれないよう、私は職場では空元気を装っている(まぁ、元来明るく脳天気な私なんだけど・・・)。
その分、帰宅後はドッと疲れが出てしまう。
が、疲れている間もなく、2人の子供達の育児に追われ、気の休まる時がない。

こんな時、せめて旦那だけでも理解してくれたら・・・。
この2年半、何度そう思ったことだろう。
しかし現実の旦那は残念ながら私の期待とはほど遠い人。
自らの仕事の為に家庭を犠牲にし、帰宅は毎晩遅い。
今置かれている私の状況など、旦那には全く無関心であるかのようだ。


5月。
そんな旦那に多額の借金がある事が分かった。
サラ金から金を借り(3社共に上限いっぱいまで借りていた事が判明)、ギャンブルで膨れ上がった借金は、結局260万円にもなっていた。
まさに自転車操業であった。
今回が初めての事ではなく、結婚当初も同じ様な事があり、当時は30万円で済んでいた為、私が肩代わりをした。
一度は全てが崩れてしまった夫婦の信頼関係。
少しずつ旦那に対して「信用・信頼」を取り戻しつつあった矢先の今回の出来事だった。

本当にショックだった。
1年余りの間、そんな素振りも見せず、ひとつ屋根の下にいたという事・・・そして私への精神的な裏切り行為。
彼は裏でそういう事をしていながら、私の前では平然と日々を送り・・・そんな事を平気でやってのける人らしい。
本当に怖い人。
精神科で嫌というほど多重人格的症状を抱える患者を見てきた私にとって、まさか自分の旦那が・・・という悲しみ。
怒りを通り越え、ショックで仕方がない。

そんな思いと同時に、旦那に一体何の理由があってこんな事をしてしまったのか・・・。
聞けば、旦那は日頃のストレスをギャンブルにぶつけていたと言う。
「ストレス」??
一体旦那にどんなストレスがあったというのか。
確かにこの2年半、私の心の中はいつも父の事でいっぱいであった。
旦那にまで気が回らなく、妻として旦那の変化に気付いてやれるだけの気持ちのゆとりさえなかったのは事実だ。
が、少なくとも旦那には元気な両親が揃っていて、それだけでも今の私には十分幸せな事であり、それ故、今回の彼の行動を理解する事は到底出来ない。

今回は金額の面からも、そして結婚後2度目という事もあり、即座に旦那の実家に出向き、彼の両親にありのままを伝えた。
同時に、私の両親にも。
この事は、やはり未だに後悔している。
これは私達夫婦の問題であり、父に不必要な心配事を聞かせる事など、本来あってはならない事であったと・・・。

『我が子がいくつになろうとも、子供の失態は親の責任である』
私は最近の少年犯罪に関しても、そして今回の旦那の不祥事に関してもそう考えている。
結局、全ての借金は彼の両親により一括返済させた。
話し合いの場で、彼の母親が初めて涙を流した。
嫁である私のいる前で・・・。

母親の涙を息子である彼は一体どのように受け留めただろうか?
と同時に、私は旦那が羨ましくも思った。
未だ32にもなって、こうして親に迷惑をかけ、人として決してしてはならない「裏切り」をし、結果、全ての尻拭いを親にさせている旦那。
少なくとも今の私にはもうできない。

その日の晩、怒りを通り越えて私はただ一言、旦那に対して言った。
「私の父親の事は当然私自身で受け止め、解決していく。なにもあなたに父の事まで考えろなどとは望まない。せめてこれ以上心配事を起こして、父の寿命を縮める事だけはしないで欲しい」と。
果たして私の言葉、彼にどれほど伝わった事だろう。


その後も結局、彼の両親から私の両親へ、何の謝罪の言葉もない。
まぁ、この親にしてこの子あり・・・か。


夫婦でありながら、精神的に何も満たされず、ましてこんな時にとてつもなくつまらない不祥事を起こす旦那を一体どのように信じていけば良いのか。
夫婦間に於いて「信頼」を失う事ほど辛いものはない。
これから先、私は旦那をどう信じ、共にどう生きていけば良いのだろうか。

私の父親の事は私1人で受け止めていく。
今の旦那に嫁の父親の事にまで気を回せるほど、器量はない。
自分の尻拭いさえ出来ない人なのだから。

せめて足を引っ張る事だけはしないで欲しい。
せめて父の命を縮めるような事だけはしないで欲しい。

あれから数ヶ月、目の前の旦那は一体どれほど変わってくれたのだろうか。

人って、生きれば生きるほど、そう簡単に他人には言えない事が増えていくものなのかなぁ。


2003.9.6 夏の思い出・・・そして来年の夏も
早いものでもう9月。
今年の夏は涼しく、暑がりの私にとっては割と過ごしやすい夏だった。

この夏も、仕事の合間をぬっては、週末子供達を連れて実家へ行く事が多かった。
父は依然として自らの身体の事より、私や子供達の事を気に掛けてくれる。
私自身、2児の母となった今、やはり我が子の健康が何よりの親孝行である事・・・そして自分が生きている限り、きっとこれから先、子供達の事を気に掛け続ける事になるんだろうなぁ・・・と、父の様子を見るにつけ痛感させられる。


父には自らの病と向き合う事だけに集中してもらわねば・・・そう思いながらも、ついつい日常の出来事や子供達との事を口走ってしまい、その度にまた父に必要以上の心配事を作っている私。
だめだなぁ・・・相変わらず。

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数ヶ月前から、父と携帯メールのやりとりをしている。
2年前に両親にノート型パソコンをプレゼントしたが、それは結局使われることなく、今ではすっかり弟の必需品となっている様子。
ま、いっか。

パソコンには全く興味を示さなかった父だが、携帯メールはものの数時間で使いこなし、今では私達親子にとって欠かせないモノとなっている。
実家は家から車で30〜40分で行ける場所。
さほど遠くはなく、いざとなればいつでも行き来できる距離ではあるが、平日はフルタイムで働き、帰宅後は家事・育児に追われる今の私にとって、父とのメールのやり取りはとても楽しく、大切なモノ。
私がメールを送ればすぐに返事をくれる父。

今回、父が携帯メールを始めるにあたって、母は1人複雑な心境だったと、最近母から聞かされた。
「めぐみからのメール、お父さんいつも楽しみにしてるんだよ。だからめぐみからメールが来た時は、お父さんほんと嬉しそうに一生懸命に返事を打ってる。でもね、お父さんが死んだ時、今のお父さんとのメールのやり取りが、かえってめぐみにとって辛い思い出になってしまうんじゃないかなぁ・・・って、お母さん1人妙な心配をしていたんだ」と。


教科書的にいえば、きっと私達家族のように進行癌の患者を持つ家族への看護(ケア)は『限られた患者との日々を大切にし、思い出を沢山作れるよう支援する』とか・・・そんな感じなのかもしれない。
しかし、当事者にとって、というより、今の私にとって『父との思い出作り』を前提とした関わりなど、考えたくもないし、絶対にイヤだ。
それは単に、私自身、癌告知から既に2年半も経ち、まして病状的にも決して楽観視出来ない状況であるというのに、未だ現実を受け入れていない証拠なのかもしれない。

現実・・・そしていつの日か訪れるかもしれない「父の死」を受け入れる事など、私には絶対に出来ない事だし、心のどこかでその事実から目をそらしている自分がいるのも確かである。
というのも、これまでにも何度となく休暇をとって両親と共に旅行に行こうと思った事があった。
が、それを決行できずにいる自分がいる。
「これが父との最後の旅行になるかもしれない・・・」そんな気持ちが邪魔をして、結局これまで実行できずにいる。


が、先日の平岩医師の相談室でも厳しい現実を突きつけられ、私の気持ちは更に揺れ動いている。

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実家の庭で子供達が水遊びをしている。
それを父は実に愛おしそうに見入っている。
そんな光景・・・父が癌でなかったら・・・きっとこんな光景は見過ごしてしまうだろう。
孫を可愛がってくれる父親の姿など、世間ではごくありふれた光景にすぎないのだから。
しかし、今の私にとっては大切な光景なのだ。
父のそんな横顔を見る度に「来年の夏も、今日と同じ光景に出逢えますように・・・」と願っている私。

以前なら、季節の移り変わりなど何でもない事だった。
「暑い夏は嫌だ・・・早く冬になって欲しい」そんな事ばかり言っていた私。
しかし今の私は違う。
このまま季節がとまって欲しい・・・このまま時間がとまってくれればいいのに・・・。
そんな私の思いとは裏腹に、時間は刻一刻と流れていく。
時間と共に快方に向かう病状ではないが故に、時が経つのが怖くて仕方がない。