2003.8


2003.8.23 セカンドオピニオンの結果
東京まではるばると平岩医師の元へ出向く。
この日、東京は真夏日を記録し、1日中良い天気。
久々の新幹線・・・世間はまだ夏休み中という事もあり、ワイワイ楽しく談笑する若者達で、車内は大変な賑わいをみせていた。

さて、今回平岩医師と話した内容について端的にまとめてみようと思う。


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@予後について
 そもそも大腸癌自体は、早期発見であれば予後は良い方である。
 が、通常、父のように既に他臓器転移している大腸癌の場合は、予後は決して良好とはいえず、むしろ「2年生きれば大勝利」といったところ。
 今後、仮に今行なっている全ての治療を打ち切った場合、余命は年内である。

A治療について
<抗ガン剤治療>
 父が現在行なっている治療は妥当である。
 が、フルツロンはもはや時代遅れの薬剤であり、検討が必要。
 癌細胞の薬剤への反応は、人によって10倍もの差があり、沢山投与しなければ効かない人や、微量でも大きな効果を示す人もある。
 よって、父のように1年近くもの間、全く同じ投与量を維持している(その為に骨髄抑制が著明に現れ、コンスタントに治療が出来ないという現状)という、現在の治療方針について見直しが必要である。
 1回量を減らしてでも、コンスタントに治療を継続する事こそが、抗ガン剤治療を行なう上で大切な事である。

<その他>
肝臓内の再発巣はやや縮小傾向にあるものの、肺転移巣は増大している。
今後は、肺転移巣を中心とした治療が望ましい。
とはいえ、この段階での治療目的は、あくまでも「延命」にすぎず、無謀な効果(癌消失・治癒)を期待する事は無意味である。

B無認可の抗ガン剤について
 日本ではまだ無認可の薬剤でも、積極的に取り入れる事により、効果が期待できる場合もある。
 但し、それを実際に行なっている医療機関は非常に少なく、それを希望するのであれば、まずはそういった病院・医師を探す事が必要。

C自覚症状・他覚症状の有無について
 癌という病気は、通常、死ぬ1ヶ月前まで「自覚症状・他覚症状」は現れないものである。
 よって、それらは癌の進行や病状の把握・判断には何ら目安にはならず、定期的に実施する画像や腫瘍マーカー等を治療効果・病状把握の判断基準とする。

D食生活の改善について
 そもそも癌が進行している今、菜食主義を中心とした食生活の改善をしたところで意味はない。
 むしろ抗ガン剤治療に耐えうる体力を付ける為、現時点では、高蛋白食の摂取に努める必要がある。

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まぁ、ざっとこんなところか。

平岩医師に対する主観的な意見は人それぞれ違うであろうから、ここでは敢えて控えさせて頂く。
ただ、彼は自らの治療・・・こと抗ガン剤治療に於いては強い信念を持ってして行なわれており、今回、そんな第三者からの意見を聞くという目的からすれば、相談料5万円も良しとしよう。

とはいえ、改めて父の病状の厳しさを痛感させられた。
現在行なっている抗ガン剤治療の目的が「治癒」でなく「延命」であるという事実は変えようがなく、何とも複雑な気持ちである。



今回のセカンドオピニオン、今後の父の治療に少しでも役立てたいものである。


2003.8.20 父の優しさ
セカンドオピニオンの件、17日の時点では、行くのをためらった父・・・。
先日の日記では、私自身、自分の思いが上手く父に伝わらない苛立たしさを長々と綴ってしまった。
何ともみっともない失態をしてしまったと反省・・・。

そして今日、父は改めて「行く」と言い出した。
やっと私の思いが伝わったんだ〜!と舞い上がり、当日の事について家族会議を開こうと早速仕事帰りに実家へ。

しかし、父が席を離れた隙に、母が、今回父が行く決心をした本当の理由について教えてくれた。


”今後俺が死んだ時、めぐみが後悔せんでいいように行くんや”
”俺は別に今のままの病院・治療でかまへん。進むとこまで進んでるんやし、恐らくどこの病院へ行っても言われる事は似たようなもんやろう。ただ、今回この話を断ったら・・・今後めぐみが一生後悔する事になるやろう。めぐみが納得する為に、俺は行く事に決めたんや”


父が行く決心をしてくれた本当の気持ちを知り、私の中で何かが大きな音と共に崩れ去っていくような気がした。

私は何か大きな間違いを犯してしまったんだ。
自己満足にすぎない・・・私の身勝手から生じた今回の話ではあるが、私はただ純粋に、父により良い治療を受けて欲しい・・・ただそれだけの気持ちだった。
しかし、父の本音を知った今、良かれと思って言い出した事が、父にとって想像以上に父を追いつめ、苦しめていたんだと知り、心が痛む。


確かに父の病状を考えれば、おおよそどこの病院でも言われる事は検討がつく。
少なくとも「完治できる」「治癒します」「手術の適応です」等、医師の口から発せられる事はないだろう。
それを知りながら、敢えて父に、必要以上に「厳しい現実に目を向けさせる」事がどれほど残酷な事か・・・。
私はなんて事をしようとしていたんだろう。


仮に早期癌なら、家族全員で情報を共有し、明るい未来に向かって癌と向き合う事は可能だろうが、少なくとも私達家族は違う。
進行癌・末期癌であり、既にK大病院からは匙を投げられ、現在かかっている病院からも、何か今以上の治療法はないのかと聞けば「そもそもK大からは無理だと言われたんでしょう?」と、何かにつけ言われてしまう現実・・・。


厳しい現実を知り、それでもなお前向きに受け止め闘えるタイプの人もいるだろうが、少なくとも父は違う。
父は今、一縷の望みを信じて、父なりに黙々と癌と向き合っているのだ。
そんな父に、敢えて厳しい現実や、今後起こるかもしれない信じがたい現実について、現時点であれこれ聞かせる事は拷問でしかない。

ましてや、私自身が今後後悔しなくて済むように・・・等と、父にいらぬ心配をかけさせるなど、今回の私の一方的な行動の数々はまさに言語道断であろう。
父の”優しさ”が、かえって私を苦しめる結果となってしまった。


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そんな経過を辿り、結局、私1人で行くつもりだ。
平岩医師から発せられる事が、仮に厳しい現実ばかりでも、それは私自身の胸の中にだけしまっておこうと思う。
いや、そうでなければならない。
私自身の自己満足である限り、これ以上父を巻き込んではいけない。

父にはこれからも希望を持ち続けてもらいたい。
そして私自身も、今回のセカンドオピニオンを良い機会とする事が出来れば・・・と思っている。


「セカンドオピニオン」と、いともたやすく言われるようになってきた昨今だが、実に難しい問題であると痛感する。

そして何より、癌患者を支える家族にとって、何も全ての現実・情報を提供する事が正しい関わりではなく、むしろ”伝えない優しさ”も時として必要ではないか・・・と、今回の父との関わりの中で学ぶ事が出来た私。


2003.8.17 振り出しに戻る
先日の日記から僅か数日で私の気分は憂鬱に・・・。

というのも、父から「現時点では、まだ別の病院へ行く気持ちにはなれない。今回の件は見送って欲しい」と言われたから。

どうして私の気持ちが分かってもらえないんだろう・・・。
っていうか、父もまた同じ気持ちなのかもね。
どうして俺の気持ちが分かってもらえないんだろう・・・って。
親子であるが故に分かり合えないものなのかなぁ。

父の言い分は「現在かかっている病院での治療で十分。何も今、セカンドオピニオンを受ける必要はない。もっと病状が悪化してから・・・その時にまた考える」って。
父の複雑な心境も分かる。
っていうか、理解してあげたい。
でも、何ともしっくりいかないんだよなぁ・・・。

癌告知から2年半が経った今、未だ何の自覚症状もなく、自らの足でどんな所へも行く事ができ、休みながらも何とか治療を受ける事が出来ている。
今、この時だからこそ、例え遠方であっても、セカンドオピニオンを受ける意味があるような気がする私。
仮に、考えたくもない事だけど・・・病状が悪化した時点で、果たしてそんな悠長な事を言ってられる時間・心のゆとりがあるのだろうか?


正直なところ、この2年半、父の暢気な闘病生活にはほとほと呆れる事が多く、そんな父の生き方を時に腹立たしく思う事もしばしばであった。
「もっと貪欲に自らの病気を知り、積極的に向き合って欲しい」何度そう思った事か。
でも、現実の父は、あくまでも受け身。
主治医との間で明確なインフォームドコンセントがなされているならまだしも、実際には、目の前の医師を信頼するほど主治医との間に活発な議論がなされてきたわけでもなく、現に、通院時、ごく些細な事さえ聞きそびれて帰ってくる始末。
今行われている治療法を父自身が納得しているのか・・・といえば、そうではない。
様々な治療法を知った上で「それでもこの治療がしたい!」と父自身が切望して受けているのならまだしも、ただ「主治医が勧めてくれたから・・・」その程度。
かといって、娘である私が毎度父の通院に付き添い、しゃしゃり出るのもおかしな話だと思い、いつも腹立たしい気持ちを抑えながら父の闘病を支えて来たつもり。

HP開設以来、実に多くの癌患者・家族の方々と知り合った。
みな一様に自らの病気と向き合い、貪欲に治療法を模索し「生きる」為に必死。
それに比べてウチの父は・・・。

どんな生き方をしようとも、これが私の父なりの「闘い方・向き合い方」なんだから・・・と納得して支えていくしかないのだろうか。
自身の病気を受け止め「生きる」事に貪欲になるがあまり、精神的にも多大なストレスを抱える患者を支えるのも大変だろうが、無気力(?)な患者を支えるのもまた言葉では簡単に言えないほどに大変。
一体何をどう支えていけば良いのか・・・。
何だかまた振り出しに戻ってしまった心境。


悲しい。


大切な父の事を拒否的な目で見ている私がいる。
父に思いが伝わらずイライラしてしまう毎日。
そんな思いをぶつける所もなく、ついこの日記に綴ってしまった。
大切な父の事を悪く言ってしまう自分自身にもまた嫌気がさしてしまう。


父にはまだまだ生きて欲しい。
そんな思いが余計に父に対して目に見えないプレッシャーを与えているのかなぁ。

父の気持ちを分かってあげたい。
でも依然として理解してあげられずにいる私がいる。


2003.8.13 念願叶って・・・
嬉しい! 
来週土曜日、平岩正樹医師に会える事となった。

平岩医師は、毎週土曜日、5組限定で相談室を設けているが、本日予約を取る事が出来たのだ。
先日の日記にも書いたが、彼は今や知らぬ人はいない程、癌治療に於いてカリスマ的存在にある。
勿論そんな彼の相談室だから、以前相談料が「無料」だった頃は、日本全国から予約が殺到し、3ヶ月〜半年待ちは当たり前だと言われていた。
彼の著書を読む限り、彼は少なくとも今まで私が接してきた医師とは異なり、患者主体の医療を提供してくれる・・・そんな気がする。

ただ、問題が1つ。
父自身の事である。
父は昔気質というか・・・根が邪魔臭がりな性格で、こと自身の病に関しても「貪欲さ」がない。
「全て医師に任せる」という主義。
確かに主治医を信頼する事は、治療を進めていく上で大切な事だが、見方を変えれば、父の場合「今更あちこち違う病院へ行くのも億劫だ。だったらこのまま今の病院の治療方針に従うのが1番!」といった感じ。

「セカンドオピニオン」は、父にとっては無縁・・・依然として浸透していない様子。

私自身、確かに早期癌ならこれほどまで切羽詰まる気持ちにはならないかもしれない。
が、残念ながら父は「進行癌」はたまた「末期癌」なのだ。
とはいえ、惰性(?)で過ごしてきた父ではあるが、幸運にも告知から2年半が過ぎた。
それは実に感謝すべき事だと思う。
しかし、これまでの2年半・・・そしてこれから先の日々・・・。
私自身の中で、その重みは全く異なる。
果たしてこのまま「運」や「惰性」で、これからの日々を今までと変わらず過ごせるのだろうかと。
今、私達家族は節目に来ている・・・そんな気がする。
今だからこそ、平岩医師に直接お会いして話しがしたい。


癌には人それぞれの闘い方・向き合い方がある。
私自身、父の姿勢を避難するつもりはない。
ただ、例えそれが私自身の自己満足だとしても・・・今回だけは譲れない。

平岩医師との対面を心待ちに、私達家族は、今一度この2年半を振り返り、今回の良き機会を、今後の「納得した治療」を受ける1つのチャンスにしたい。



2003.8.11 患者主体の医療
私自身、医療従事者の端くれとして、日々患者・家族に関わっているが、やはり今の日本の医療は、以前と何ら変わらず「患者」主体とはお世辞にも言い難い。
肝心の患者・家族が置き去りにされている・・・これは実に悲しい現実。
私自身、父の事がなければ、そのような現実にも目を向ける事はなかったであろう。

父は現在、告知後大腸・肝転移病巣をオペしてくれたK大学病院とは異なり、電車で片道1時間半かけて別の大学病院に通院している。
そもそも今の病院に代わったのは、K大学病院から見放されたといっても過言ではなく、当時私達は奈落の底に突き落とされた心境というか・・・なすすべがなく、先の全く見えない毎日だった。
K大学病院は、日本でも臓器移植などで注目を浴びている有名な病院。
が、それは病院にとっての「営利目的」の一環であるともいえる。
父のように、再発・転移した患者は最初っから診ない・・・。
「門前払い」という残酷すぎる現実。
あくまでも病院にとっての「治療成績」「生存率」を上げる為の治療であり、それを妨げる恐れのある患者は最初から受け入れない・・・という現実。

その後、大阪の病院へも出向いたが、そこでは「廻りモノはねぇ」と言われた言葉が未だに忘れられない。
「廻りモノ」とは、つまりは「再発・転移:体の中に癌細胞が廻っている患者という意味」。
患者を1人の人間という観点から診ているとはとても思えない言葉。
何気なく発せられた医師の言葉が、私達患者・家族にとってどれほど心に深く突き刺さる事か・・・。

その後出向いた現在の大学病院で、医師から「とにかくやってみましょう!やってみる価値はあるでしょうから」という言葉に救われ、今に至る。


平岩正樹医師
私はこの医師の考え方に大変感銘を覚える。
もう既に皆さん、彼の名前・著書はご存知の方ばかりかと思うが、やはり彼のような医師が今後増えていって欲しいと願わずにはいられない。

患者中心の医療・・・ごく当たり前の事であるはずなのに、それを望む事は非常に難しい。
父に限らず、現在の医療体制では助かる命さえも奪われてしまう。
患者・家族にとって、病と闘うだけでも相当なストレスなのに、それ以上に治療を受ける上で生じる様々な因子がより一層ストレスを増強させている。


皆さんの中で平岩医師にかかっている方っていますか?


2003.8.9 1年振りの日記・・・
久しぶりの日記。
下の子供も、早いもので、もうじき1歳2ヶ月を迎える。
私は昨年暮れ、産後半年を期に職場復帰した。
独身の頃とは違い、2人の子供を保育所に預け、1日の仕事をそれなりにこなし、帰宅後も子供達に振り回される日々。
とにかく慌ただしい毎日。
その上、この8月1日から新たな部署に異動となり、まだまだ慣れない職場環境の中ストレスも多いが、そんな事をいっていられるはずもない。

パソコンの前に座れるのは子供達が寝入ってから・・・。
とはいうものの、ほんの1時間程度。
コンスタントに更新する事は不可能に近いが、今後は少しずつ再開していけたら・・・と思っている。

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父の病状は依然として何の自覚・他覚症状もない。
体重だって以前と変わらずベストを維持している。
身体機能の低下も全くなく、ウォーキングをすれば颯爽と歩き、その姿は以前の父と何ら変わらない。
未だ「本当に癌なのか?」という疑問すら抱いてしまうほど。

週に1度のPMC療法を始めて約1年半。
骨髄抑制が著明な為、やはりコンスタントな治療は難しく、それは時に私達家族を苛立たせる事もあるが、当の本人である父の気持ちを思うと、とにかく焦りは禁物・・・父にとって無理なく続けられる事こそが何よりの治療ペースであると痛感する。

父はその後も菜食主義を徹底している。
言葉では「お父ちゃんもそう長くはないなぁ」と言いながらも、良いといわれる健康食品を貪欲に取り入れ「生きる」事に必死な姿が伺える。
そんな父の姿を見るにつけ、以前にも増して私達家族の願いはより一層高まる。

その後新たに取り入れたモノ
*梅肉エキス
*DLTスピルリナ100%